比較優位論

サッカーも料理も得意な万能スーパースターが、あえて専属シェフを雇ってサッカーだけに専念する理由を説明する原理です。

定義 比較優位論とは、ある仕事を他人より絶対的にうまくできなくても、自分が諦めなければならない代償(機会費用)が比較的小さい仕事に特化して交換し合えば、お互いに利益が生まれるという経済学の基本原理です。

料理も得意なサッカースターの選択

世界的なサッカースターが、一般的なシェフよりもはるかに料理が上手だと想像してみましょう。サッカーでも一流、料理でも一流のスター選手は、毎日自分で買い出しをして自炊するのが本当にお得なのでしょうか?

一見すると、自分で作ったほうが食費を節約できるように思えますが、実は大きな損失なのです。スター選手がキッチンで料理に2時間費やすと、その時間にサッカーの練習をしたりCM撮影をしたりして稼げたはずの数千万円もの価値を諦めることになるからです。一方で、プロのシェフが2時間料理をするときに諦める他の所得は、スター選手に比べればずっと少なくて済みます。

このように、他者と比べたときに諦めるべき機会費用がより小さい仕事を担当することを「比較優位がある」と言います。スター選手は最も大きな価値を生み出せるサッカーに専念し、食事はシェフに任せることこそが、2人双方にとって最大の満足と利益をもたらすのです。

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何でも作れる国でも貿易をするべき?

この原理は、国家間の貿易でもまったく同じように働きます。ある先進国が、最新スマートフォンもお米も、隣国よりはるかに速く、低コストで生産できるとしましょう。すべて自国で賄うほうが有利に見えますが、実際はそうではありません。

農業に使う土地と人手を使ってスマートフォンをもう1台作れば、世界市場でお米を何俵も買ってお釣りがくるほどのお金を稼げます。逆に、お米を作るためにスマホ工場の稼働を減らせば、大きな損失を被ることになります。そのため先進国は、最も効率が高いスマートフォン生産にすべての資源を集中させたほうがずっと賢い選択になります。

技術力で劣る隣国にとっても、損することは何もありません。スマートフォンは作れなくても、お米を作るときに諦める他の利益が少ないため、お米の生産において相対的な比較優位を持つことになるからです。2つの国がそれぞれ最も得意な製品を作って交換し合えば、貿易をする前よりも両国ともお米とスマートフォンの両方をより多く手に入れられるようになります。

もう少し正確に言うと

単に生産能力が優れていることを「絶対優位」、機会費用が低いことを「比較優位」と呼び分けます。イギリスの経済学者デヴィッド・リカードは19世紀初頭、貿易の利益は絶対的な生産性の差ではなく、相対的な機会費用の差から生まれることを理論的に証明しました。

もちろん現実にはいくつかの変数があります。モノを運ぶ輸送費が高すぎたり、相手国が突然貿易を停止したときに食料やエネルギーが不足する安全保障上の危機が生じたりするリスクです。そのため現実の国家は、比較優位に基づく分業を行いながらも、基幹産業の自給力を維持するために様々な保護政策を併用しています。

それでも比較優位論が教えてくれる教訓は非常に強力です。自分がすべての分野で1番でなくても、あるいは他人より苦手なことが多くても、自分が最も少ない犠牲でこなせる仕事を見つけて協力し合えば、誰もが社会で価値を生み出す居場所を持てるという意味だからです。

🤔 よくある誤解

✕ 誤解

すべての製品を他国よりうまく作れる先進国は、他国と貿易する必要がない。

✓ 事実

たとえすべての分野で技術が勝っていても、最も得意な分野に資源を集中し、残りを輸入するほうが機会費用の観点から遥かに大きな利益を生み出します。

🧺 日常で出会う場面

1 優秀な弁護士がタイピング速度で事務員に勝っていたとしても、書類整理は事務員に任せて自分は法律相談や法廷準備に専念するほうが、お互いにとって有益です。
2 先端半導体やバッテリーの製造に集中し、バナナやコーヒー豆のような農産物は海外から輸入するほうが国全体として豊かになる理由です。
💡 つまり ひとことで

すべてを他人より上手にこなせなくても、自分が諦める代償(機会費用)が最も小さい仕事に特化して助け合えば、誰もが豊かになれます。