循環経済(サーキュラーエコノミー)
使い捨ての直線をぐっと曲げて、出口をもう一度入り口につなげようとする仕組みです。
定義 モノを作り、使い、捨てる一方通行の流れを、輪のような形(循環)に変えようとする経済の仕組みです。使い終わったモノがゴミになるのではなく、直して使い続けたり、他の人に譲ったり、部品や原材料として戻るようにします。その「戻る仕組み」を設計の段階であらかじめ組み込んでおく点が最大のポイントです。
直線で流れていたものを、ぐるりと輪の形に曲げます
私たちが使うモノの多くは、一方通行で流れています。資源を採り、作り、売り、使い、捨てる。一方の端から始まって、もう一方の端で終わります。このように出口が開いたままの仕組みを「線形経済(リニアエコノミー)」と呼びます。
循環経済(サーキュラーエコノミー)は、その出口をぐっと曲げて最初の入り口につなげようとする考え方です。使い終わったモノが修理されて再び使われたり、部品として取り出されて再利用されたり、原材料に戻されたりします。直線の出口が、再び入り口になるわけです。
省資源(資源の節約)とはどう違うのでしょうか。資源の節約は、同じ直線の中で流れる量を減らすことです。使う量を減らすことは循環経済でも最優先されます。しかし、細く使っているだけでは直線は直線のままです。循環経済は、その流れの「形そのもの」を変えようとするアプローチです。
リサイクルは、輪っかの「最後のピース」です
循環経済を「リサイクルのこと」とひとくくりにしてしまうと、この概念の本質が見えなくなってしまいます。リサイクルは輪の中のひとつのピースにすぎず、それもかなり後ろ側にあるピースです。 その手前には、長く使うこと、修理して使うこと、誰かに譲ること、部品を交換して生き返らせることなどがズラリと並んでいます。これらはすべて、モノの形が保たれている間に回す輪です。
リサイクルは、その形を溶かしたり砕いたりして原材料に戻す段階です。サーキュラーエコノミーを体系化してきたエレン・マッカーサー財団も、リサイクルを「最後の手段」に近い位置に置いています。手前の輪で回すほど、かける手間やエネルギーが少なくて済むからです。
そのため、この考え方の重心は「捨てるとき」ではなく「作るとき」に置かれます。バッテリーを接着剤で固めてしまえば交換は困難ですが、ネジで留めてあれば簡単に交換できます。同じ製品であっても、設計次第で輪の大きさが決まるのです。 EU(欧州連合)のように、製品を設計する際に守るべき要件を規則として定めている地域もあります。
もう少し正確に言うと:輪を回すのもタダではありません
資源を元に戻すのにも大きなエネルギーが必要です。散らばったモノを集め、運び、混ざったものを分別し、溶かして再生するたびにエネルギーが消費されます。モノが細かく散らばり、さまざまな素材が混ざり合っているほど、そのコストは跳ね上がります。ある限界を超えると、元に戻すより新しく作った方が負担が少ない、ということにもなりかねません。
また、輪を1周回るごとに、一部の資源はどうしても漏れ出てしまいます。リサイクルを増やしたからといって、資源が無制限に回り続けるわけではありません。完全に閉じた輪というより、少しずつ漏れながら回るらせんに近いのです。
戻ってくる量に上限があるのも同じ理由です。スクラップ(鉄くず)が分かりやすい例です。今日出てくるスクラップのうち、役目を終えて戻ってきた分は、社会がずっと昔に使った鉄の量に基づいているため、現代の増え続ける需要をまかなうには足りません。今回せる量を、昔使った量がすでに決めてしまっているわけです。
ですから、この概念は「輪を完全に閉じた」と捉えるより、「輪をどれだけ長く引き延ばせたか」と捉える方が正確です。
🤔 よくある誤解
循環経済とは、リサイクルを一生懸命やろうという話だ。
リサイクルは輪の中のひとつのピースにすぎず、それも後ろの方にある手段です。循環経済は、モノが戻ってくる仕組みを設計段階から組み込んでおくことに重きを置いています。
輪を閉じれば資源が無制限に回り、新たに採掘する必要がなくなる。
集め、運び、選別し、溶かすたびにエネルギーがかかり、1周ごとに資源の一部はどうしても漏れ出ます。戻ってくる資源の量も、過去に使われた量によって上限が決まっています。
循環経済と省資源(リデュース)は同じ意味だ。
使う量を減らすことは循環経済でも最優先されます。しかし、細く使うだけでは一方通行の直線のままです。循環経済は出口を入り口につなぎ、流れの形そのものを変えようとするアプローチです。
🧺 日常で出会う場面
使い終わったモノが戻ってくるよう設計段階からあらかじめ決めておく経済の仕組みであり、リサイクルはその輪の後ろ側にあるピースにすぎません。